ライン・ギブソン スコア55の世界最少スコア達成

山田パター

2012年5月、米国オクラホマ州のリバーオークスGC(6850ヤード、パー71)にて、プロゴルファー ライン・ギブソン”Rhein Gibson”選手(豪州出身)が人類初の世界最少スコア「55」という驚異的なレコードを叩き出しました。

“Rhein Gibson”選手

このとき彼が使用していたパターが「ヤマダエンペラー」だったことで山田パターが一躍世界中のゴルファーたちに知れ渡り、当時のアメリカ合衆国大統領 オバマ氏の耳にまで届きました(オバマ氏は翌年の日米首脳会談で安倍首相に山田パターを所望することになります)。

ゴルフで”55″というスコアがどんだけすごい数字なのか

まずライン・ギブソン選手のスコアカードを見てみましょう。

米国オクラホマ州のリバーオークスGC(6850ヤード、パー71)

2012年5月12日、リバーオークゴルフクラブ、ホールアウト後のスコアシート

ライン・ギブソン選手のスコア “55”の内容 ※ -=パー/◯=バーディ/◎=イーグル

Hole123456789
Score
Par435345344
Hole101112131415161718Total
Score55
Par45354443471

ご覧ください。2イーグル、12バーディー、ノーボギーの16アンダーで回ってます。
これ4日間競技じゃなくて、1ラウンドですよー。
しかも、パーがたったの4つ。
私なんて1ラウンドでパー4つ取れて100切れれば上等なのに。

さらに驚きなのがギブソン選手、18ホール全てをワンパットで沈めるパーフェクトパッティングだったこと。たったの18パット。
これは当然「いったい彼はどこのメーカーのパターを使ったんだ!?」と、世界中のゴルファーたちが騒然となるわけです。
結果このニュースが世界中を駆け巡ると、世界中から山田パター工房に注文が殺到してしまいました。
(ライン・ギブソン選手と一緒にラウンドした友人とのスナップショット)

ギネスブックの更新~58から55へ

ゴルフの最少ストロークで先にギネス記録を保持していたのは2010年5月中日クラウンズ最終日に石川遼選手の”58″。

石川遼選手のセカンドショット(2010年5月中日クラウンズ)

これに先立ち石川選手はもう一つのギネス記録を持っていました。
それは2007年のマンシングウェアKSBカップをアマチュアの高校一年生で出場し、史上最年少の15歳と245日で優勝したもの。

この優勝は日本男子ツアーでは1980年に初めてアマチュアで「中四国オープン」を制した倉本昌弘以来の史上2人目となる快挙でした。

しかしこの最年少優勝は、2019年10月にアラブ首長国連邦で行われた「アル・アイン・オープン」を15歳210日で優勝したアマチュアのジョシュ・ヒル選手(イングランド)に更新されました。

ツアー選手権とプライベートによるラウンドを単純比較することはできませんが、ギネスブックの記録規定はあくまで数字優先なので記録は記録として、”55″という大スコアを達成したライン・ギブソン選手の名は刻まれ続けるでしょう。

ライン・ギブソン選手 初来日

2012年に”55″を出したライン・ギブソン選手は翌年、「中日クラウンズ」に招待選手として初来日し、石川遼選手と予選ラウンド同組となり「ギネス対決」と話題になりました。

この動画は2013年5月の「中日クラウンズ」でのライン・ギブソン選手インタビューです。
●Rhein Gibson Interview

130501Rギブソンインタビュー

ライン・ギブソン世界記録記念モデル”55″の山田パター

山田パター工房の山田透さんはライン・ギブソン選手が”55″を出した記念にギブソン選手とライセンス契約し、当日彼が使っていた”Emperor(エンペラー)”と同仕様・同性能で特別刻印入の『ライン・ギブソン世界記録記念モデル・55』を証明書付きで限定55本発売しました。
この55本限定版は残念ながら完売してますが、現在は復刻版が販売されてます。

●ヤマダエンペラー55 ストローク記念モデル(復刻版)

 

●山田パター エンペラー2

 

●山田パター エンペラー2(バーニングカッパー仕上げ)

 

●ドリーム54

 



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